「狙撃手のゲーム」を読んだので感想書く

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前に読んだ「Gマン 宿命の銃弾」の続編の「狙撃手のゲーム」(著:スティーヴン・ハンター)という本を読んだから感想を書こうと思う。

d-nemuo.hatenablog.com

 

今回は主人公のボブがテロリストの天才スナイパーと戦う。

狩りのプロ同士の戦いが始まった。

これはシリーズ作品の中でも、間違いなくトップクラスの興奮を与えてくれる1冊だと思ってる。

 

で、もう初っ端から話が凄い展開になってくる。

かつて息子を戦死させたスナイパーを、その息子の母親が執念で追跡してその居場所を突き止めたことからこの事件は始まるわけで、もうこの時点ですでに意味が分からない。

その母親は略称がCで始まるあの組織の関係者でもなんでもないただの民間人なんだけど、そんな民間人がやるにはちょっとやり過ぎとかいうどころじゃないことをやってる。

母は強し、という言葉を地で行く物凄い始まり方だった。

なんとインパクトのある導入か。

物語はちょっとバカバカしいくらい突き抜けてる方が面白い。

 

そんなこんなで始まるこの「狙撃手のゲーム」なんだけど、シリーズとしては久々にボブが猛烈に戦う。

銃器に関しては、それはわたしにできることのすべてと言っていい。この世界のだれを相手に撃ち合っても、勝つか引き分けにできるし、もし引き分けなら、私は死ぬが、相手もまた死ぬ。

引用:「狙撃手のゲーム」

この上のセリフはあるシーンでボブが自身の能力について語った言葉なんだけど、これは彼の能力を極めて正確に表現している。

銃を持ったボブは無敵だ。

そしてこれの前の何作品かではボブは「スナイパー」というよりは「銃器に詳しい捜査官」みたいな役割で前線で戦うのは控えめ(ゼロではないけど)だったけど、今回は違う。

本作は今までの作品でボブに与えられていた役割をうまく統合したような感じで、捜査官としての役割も果たしつつ、そのキャラクターの根幹を成すスナイパーという本性も表現されて、直近の数作で俺が感じていたマンネリ感を打ち消してくれた。

とにかく、ボブが戦う。

 

シリーズ過去作品で直近のものはスナイパー vs スナイパーをやっていたのは「蘇るスナイパー」だったと思うんだけど、本作はそれとはまた違った感じの仕上がりになってて面白い。

本作「狙撃手のゲーム」と過去作の「蘇るスナイパー」では当たり前だけどいろいろと違う点があるんだけど、ひとつは出てくるスナイパーの数が違う。

「蘇るスナイパー」では登場人物紹介では5人のスナイパーが登場するんだけど、本作ではたった2人。

主人公のボブと敵役スナイパーのジューバ。

2人のスナイパーの戦いに焦点を絞ってる。

「蘇るスナイパー」では敵スナイパーとの対決ってところにそこまで焦点は絞られていなかった印象。

「蘇るスナイパー」は人間同士の戦いというよりは人間とテクノロジーとの戦いという側面が強かった。

逆に、「狙撃手のゲーム」では序盤からマンハントという狙いが明確で、人間対人間の戦いを意図している。

これはスナイパーの頂点を決める戦いだ。

 

あと、さっきは銃を持ったボブは無敵だと言ったけど、敵もそれ相応の能力を持っている。

作中では、ボブがある出来事から「相手は自分以上の能力を持っている」と敵を評する場面がある。

そしてことあるごとに「自分はそういうことをするには年を食いすぎている」こぼす能力の衰えを感じている70歳を超えたボブに対して、相手は40代のまだ能力が充実しているベテラン。

さすがに今回は相手が悪すぎるのでは、と思わずにはいられない。

そんな状況でも、ボブは持ち前の技術と老獪さを駆使して戦う。

さあ、今回のボブはどんな戦いをしてくれるのか、そんな楽しみを抱きながら最後まで読んだ。

 

そして、終盤、遂にボブとジューバの一騎打ちが始まる。

「狩りのときだ」

これはその戦いの直前にボブがひとり言った言葉なんだけど、シリーズ過去作を全部読んできた俺からしたら感慨深かった。

そう、これは狩りのときなんだ。

この戦いの結果がどうなったかなんて野暮なことはここでは書かない。

 

というわけで、このシリーズも遂に最後まで読み切ってしまった。

さて、次は何を読もう?